ガンダムSeedDESTINY


再会6



 すっかり日が落ちてしまうと、冷えきった空気は肌を刺すようだった。さっき手渡された小瓶の中身は酒だった。これはこの寒さのためか、と苦い味のそれを一口飲み下す。酒には強い体質なので酔いはしないが、それでもしばらくすると体が暖かくなってきた。アスランは意を決して小屋のドアをノックした。
「カガリ」
 勢い良くドアが開いて、暖かい空気とともに、アスランの目に白い姿が飛び込んできた。
「アスラン?」
 カガリが呆然と立っていた。が、アスランを見るなりドアを閉じようとするのを、アスランは持ち前の素早さで強引に入り込んだ。
「な、何しに来た!?」
 顔を赤らめて警戒するカガリがアスランには可笑しかった。
「残念だが子供たちもいるのは判ってるよ」
「…あれー?お客さんも、ここで寝るの?」
 眠そうな目で子供たちがアスランを見ている。
「いや、戻ることになったんだ。それでカガリに送ってもらおうと思って」
「一人で帰れ。私はこの子らを寝かせなきゃ」
「一緒に連れていけばいい。夜のドライブは楽しいぞ?」
「おい…?」
「いくーーー♪」
 眠気の吹き飛んだ子供達は無邪気に喜んだ。カガリが疑わしい目でアスランを睨む。
「カガリ、ここが危険なんだ」
 声を落としてアスランはカガリの耳に囁いた。
「連合が動く」
「…え?」
 勢い良く振り返るカガリの髪が拡がってアスランの鼻をくすぐった。
「落ち着け、子供達を不安がらせたくない」
「あ、ああ。そうだな。すぐに用意する。二人とも、上着を着て」
 カガリは大急ぎで荷物をまとめると、3人を車の場所まで促した。
「…どうするんだ、これから。やっぱりAAに戻るのか」
「そういうことになるな。私はともかく、この二人に安全な場所は、あそこ以外に思いつかない…アスラン、お前の服は目立つ。上にこれ着ていろ」
 カガリは車の後部座席から、前大戦の軍の放出品と思われる上着をアスランに放り投げた。
「運転は私がする」
「いや、俺がする。夜は俺の方が目が見える。ライトは点けられないだろう」
「そうだな。じゃあ頼む。後ろには銃があるから、お前達も気を付けて」
「はーい」
 4人を乗せたジープはレジスタンスのキャンプを離れ闇に消えた。

 アスランは最初、ジープのライトを消して走らせていたが、各地を結ぶ街道に出た時点でライトを点けた。ここまで来たら連合軍に見咎められてもレジスタンスのキャンプ場所を知られる恐れがないからだ。見なれない風景にはしゃいでいた子供達も、エンジン音とライトに照らされるだけの夜の世界にそのうち飽きて、やがて眠ってしまった。その小さな頭を膝に乗せていたカガリは、彼等が起きている間守っていた沈黙を破った。
「うれしかった、今日は」
「え?」
「お前に会えて、うれしかった」
「…会いたくなかったんじゃなかったのか?」
 アスランは勤めて冷静に答えたつもりだったが、内心、運転を誤りそうになるのを堪えていた。
「それも本当だ。だけど」
 何故、今こんなことをカガリは言うのか、再会した時に聞かせてくれればよかったのに、と。
「お前が無事なのが判ったし」
 今だって切迫した状況でなければ運転を止めてカガリに向き合いたいほどだ。
「私もお前に色々心配させていたと思うから」
 どうして今。
「こんな時だけど、これだけは言っておきたかった」
 そしてまた口を噤んだ。
 こんな状況だからか、とアスランはカガリに聞こえないような小さな溜息を漏らした。あの時と同じではないか、初めてカガリからキスしてくれた時、それ以上の関係に進めない状況下でしか彼女はアスランに素直な気持ちを現さなかった。もちろん悪意があっての事ではなくて、無意識のうちに予防線を張ってしまっていたという事なのだ。確かに恋愛にうつつを抜かすことができる立場ではないのだから、仕方がないと言えば仕方がない。そういう彼女だと判っていた。

「それで、君はまたザフトに戻って戦うんだね」
 アスランがカガリや子供達と共に潜伏していたある街に、カガリ達を迎えに来たのは案の上キラだった。彼と一緒に現れたのはラクスではなく、前の大戦でAAにいたミリアリアという少女だった。男女で行動する方が単独行よりも目立たない。それはアスランとカガリもそうで、更に子連れであったことで連合の目を欺く事ができていた。
「議長を信じるなんて事、僕らにはできないよ」
「議長の命令だったとは限らないじゃないか!」
 この時、二人の意見は平行線を辿り、まだ和解することはできなかった。しかし今はこれでいいとアスランは思う。少なくとも今回、カガリを守る事はできたのだ…あのレジスタンスの基地は彼等の脱出後、連合軍に攻められ、ザフトの支援も拒んだまま壊滅したということだった。
「守りたいんだ、カガリも。カガリの大事なオーブも…お前も」
 そんなアスランの言葉に、キラはそれまで冷ややかだった視線をやわらげた。「そんなこと、知ってたよ」と。

 子供達と共にAAに戻ったカガリは、ザフトのアスランと二度と会えなかった。



この世界の設定