代表、との言葉にアスランが思い出すのはカガリのことだ。
オーブは大西洋連邦と同盟を結び、その代表首長であるカガリがオーブから失踪した。それが現在アスランの知る全てだった。彼ががオーブを離れていた極めて短い期間に、予想以外の様々なことが起きていて、その中でもカガリ結婚の報が彼に与えた精神的な衝撃は大きかった。そして、彼女の弟キラが元地球連合の戦艦だったアークエンジェルでオーブから離れた事も。アスランには彼等がオーブを見放したとしか思えなかった。
彼等と自分とは、目指す世界が一緒で、心の深い所で繋がっているはずだ、気持ちさえ結ばれていれば、それでよいのだ、とアスランは思っていた。しかし今、その思いは揺らいでいた。彼等は自分とは違う道を歩み始めたのではないだろうか。まさかこの先、彼等と刃を交えるような事が起きるとは思いたくないが…
袂を分かったのはアスランの方が先だ。プラントに戻って、カガリの代理として議長に会ったのに、彼のの勧めでザフト軍に復帰。カガリがあんなに拒んでいた戦いに身を投じている。平和の為に、と信じていた。自分の決断を知ればカガリもキラも最初は驚くだろうが、最終的には自分を理解してくれると、アスランは信じている。だが、オーブはプラントと敵対し、アスランは彼等に会って事情を話すことができないでいた。
(俺がカガリの力になって彼女を守るには、これしか方法がなかった)
アスランは与えられたMSセイバーで地球連合と戦い続け、月日は過ぎていった…。
頭を振って、堂々回りな思考を止めた。今は任務の事を考えるが優先だ。
「代表、か。どんな人物かな」
そう言葉に出して、思考をなんとか理現実に戻した。これから会うレジスタンスの代表は、コーディネイターを激しく憎んでいるかもしれない。いい加減な態度で接見に臨むわけにはいかなかった。
「…遅い」
ことさら言葉にしないと、こんなに待たされては、本当にカガリのコトばかり頭に浮かんでくる。『代表』は現れず、遠くから先ほどの子供達が遊んでいる嬌声が聞こえてくるばかりだ。仲のよさそうな子供たちは兄弟だろうか、またこっちに走ってくる。その中に、子供の相手をして一緒に遊んでいる大人らしき姿も見える。子供に引っ張られて一緒に走らされていた。
あんな風に、孤児たちと遊んでやった、オーブにいた2年間、キラが預けられた孤児院へ、アスランの運転する車で、カガリは弟に会いに行った。彼女は代表首長になってから、忙しい政務の合間に取れたせっかくの休暇を、弟のキラと会う事にのみ使った。カガリとキラは双児でありながら、弟のキラだけがコーディネイターで、オーブの行政府によって姉のカガリから立場的にも物理的にも遠ざけられていたのだ。
『カガリは意外と子守りも似合うんだな』
『意外、かぁ?心外だぞ、それは』
孤児院から帰る途中、二人は見晴しのよい場所で休憩を取った。ガードレールに腰掛け、海に沈む夕日をぼんやりと眺めていた。
『そんなカガリを見るのも楽しかったよ』
できれば二人で過ごしたかったが、とアスランは言外に意味を込める。
『次はいつになるか判らないけど…今度は二人でどこか行こう?』
『期待していいのか?』
つい、アスランは言ってしまった。カガリのきょとんとした顔で彼は我に返り焦った。
『何でもない、そろそろ戻ろう』
胸のポケットから取り出したサングラスをかけ、立ち上がると車に戻った。うやむやにするつもりだったのに、そうさせなかったのはカガリ。アスランの腕を取って引き止めるとサングラスを取り上げた。彼女の頬が夕日に染まったように赤くなって、金色の睫毛が僅かに震えている。そして唇に触れるだけのキスをしてきた。
久しぶりの、そして初めてカガリの方からのキス。唇を離したカガリはまだ赤い顔をしていて、照れ隠しなのかちょっと怒ったような表情をしていた。
『…次の休みは、二人きりで出かけよう?』
『次じゃなく、今からドコカ行こうか?』
嬉しくて微笑んだつもりだったが、意地の悪い言い方になる。
『アスラ…ン…』
カガリを抱き締めて、そのうなじに顔を埋め、アスランは動かない。お互いの鼓動が速まるのが判る。
『判ってる、今日中に帰らないといけないんだろ…言ってみただけだ』
名残惜しく腕を解く。次は二人で過ごそう、と決心して。
しかしその次の休暇は、プラントの最高評議会議長と会見のため、L4にあるプラントのコロニー『アーモリーワン』来訪に費やされてしまった。オーブ出身のコーディネイターのプラントでの去就に関して、北大西洋連邦が『条約違反』との謂れなき苦情をオーブに突き付けてきたために。
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